2024年4月より、一定の業種(建設業・自動車運転等のドライバー・医師・一部の製造業)に対して、「時間外労働の上限規制」が課されました。前回の(タクシー運転手編)に引き続き、時間外労働の上限規制について解説します。
第四弾は「医師編」です。内容も難しいので他業種と異なる医師の時間外労働の扱いや、「宿日直」という特有の働き方への対応にポイントを絞ってご紹介します。
①「医師」における「時間外労働」の上限規制とは
以前のブログで、「時間外労働とは何か」という内容を説明しましたので、今回その説明は割愛します。詳しく知りたい場合は、「時間外労働の上限規制について<建設業編>」をご確認ください。
医師として従事する従業員は、これまでは基本的には36協定を届け出る際に時間外労働の限度時間について特に上限が設けられていませんでした。しかし2024年4月以降は以下の上限規制が課されています。
- (A)残業は原則として「月45時間・年360時間」を上限とし、「特別の事情」がなければこれを超えることが
できないこと(1年単位の変形労働時間制の場合は「月42時間・1年320時間」) - (B)「特別の事情」がある場合でも、時間外労働の上限は「年間で960時間以内・月100時間未満」とすること
基本的には、全業種において(A)の時間を超えて働かせることはできません。ただし、「特別の事情」があり、どうしても(A)の上限時間内に収めることが難しい場合に限り、上限時間を(B)まで延長することができます。
この「960時間」には「法定休日労働」も含みます。また、「月100時間未満」のルールをどうしても超えてしまうような場合は、超える前に「医師による面接指導」を受ければ特別に超えて働くことができます。
ここでの面接指導する医師は、同じ医療機関内の医師でも認められますが、管理職の役割も担っている医師はなることはできません。
②都道府県知事の指定を受ければ上限規制(960時間)が緩和される
全ての医師に対して上限規制を一律に適用してしまうと、医師が夜間体制のある施設や医療機関の数が少ない地域の施設に従事している場合、医療体制の維持ができなくなってしまう恐れがあります。また上限規制の影響で研修医が要な研修を受けられなくなるなど、医療技術にも影響が出る可能性もあります。
そこで医療体制を維持するために、医療機関や医師の特性等に応じて一定の条件を設け時間外労働の上限を緩和しました。以下の特例水準を満たした医療機関及び医師に対して「年間1,860時間以下/月100時間未満」の時間外労働が認められます。
- 連携B水準
- B水準
- C-1水準
- C―2水準
それぞれの特性や条件は以下のとおりです。
※厚生労働省資料:「医師の時間外労働規制について」より抜粋
参照:https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000859949.pdf
図の上段左側の「一般則」が①の(A)に該当し、真ん中左側の「A水準」が(B)に該当します。したがって、原則としてすべての医療機関及び医師が「A水準」となり、それ以外の水準を適用するためには、それぞれで時間外労働の短縮計画を策定したうえで、都道府県知事の指定を受ける必要があります。
また、下段の「面接指導」は①で説明した内容になります。A水準以外の各水準の概要は以下のとおりです。
(1)連携B水準
連携B水準は、地域医療の確保のために副業・兼業として他の医療機関に派遣されるようなケースで、1つ1つの医療機関では先述した年間960時間の水準に収まっているものの、複数の勤務先での業務によりそれを超える長時間労働が必要な場合に適用される水準です。
連携B水準が適用される場合、36協定で締結できる時間外・休日労働時間の上限は1つの医療機関で960時間ですが、複数の医療機関での当該時間を通算した医師個人としての時間外・休日労働の上限は年1860時間です。
(2)B水準
B水準は、地域医療の確保のために救急医療や高度ながん治療などを担っており、1つの医療機関だけでも年960時間を超えるような長時間労働が必要な場合に適用される水準です。B水準が適用される場合、36協定で締結できる時間外・休日労働時間の上限は年1860時間です。
(3)C―1水準
C-1水準は、臨床研修医・専攻医が研修を行う上で、修練のために年960時間を超えるような長時間労働が必要な場合に適用される水準で、36協定で締結できる時間外・休日労働時間の上限は年1860時間です。なお、全ての臨床研修医や専攻医に対してC-1水準が適用されるわけではなく、年960時間の範囲内で修練が可能な場合は原則どおりA水準が適用されることになります。
(4)C―2水準
C-2水準は、専攻医を修了した医師等が、技能研修のために年960時間を超えるような長時間労働が必要な場合に適用される水準で、36協定で締結できる時間外・休日労働時間の上限は年1860時間です。なお、C-2水準が適用されるためには、研修予定の技能について、医師自らが技能研修計画を作成する必要があります。
また、A水準以外の水準の指定を受けるには、「勤務間インターバル時間」や「代償休息」等の新たなルールの遵守や医療機関の設備要件も課せられます。この部分については、次回以降のブログにて説明します。
③上限規制等に向けての実務対応策
✓ 宿日直許可の取得を検討する(全水準共通)
「宿日直許可」とは、寝当直といった常態としてほとんど労働することがなく、救急診療等断続的な業務に従事する場合に、労働基準監督署から受ける許可のことです。許可を受けている場合、「労働時間に関するルール(1日8時間・週40時間)」の適用を除外することができます。厳密には、日中に行われる「日直」と夜間に行われる「宿直」があり、これらをあわせたものが「宿日直」と呼ばれています。
この許可を取得すれば、許可を受けた時間は労働時間としてカウントがされないので、時間外労働の上限規制遵守の可能性が大きく高まります。この宿日直許可を満たす要件等については、次回以降により詳しく説明します。
✓ 労働時間の実態を把握する(全水準共通)
先述したA水準以外の各水準は、必ず指定を受けなければならないというルールではなく、どうしても960時間以内に収まることができない場合の救済措置です。したがって、まずは従事する医師の労働時間の把握を行い、当該水準を適用すべきか否かの検証を行いましょう。
具体的には、各水準における対象となる医師(通常の医師・他の医療機関に派遣される医師・臨床研修医・専攻医)ごとに分け、それぞれの総労働時間を過去6か月程度算出して、指定に必要な「時間外労働の短縮計画」を現実的に遂行できるか否かを検証します。もちろん、対象となる医師が在籍していない場合は対象外です。
まとめ
医師における「年間960/1,860時間」を上限とする時間外労働の扱いと、「宿日直許可」を例にした上限規制への対策を解説しました。特に宿日直許可については関心が集まっている対策のため、次回以降より詳しく取り上げていきます。